創作小説「別れも言えず逝く人へ」
俺は高校教師だ…と、言ってもまだまだ駆け出しの新米教師。いつも、上からこき使われ、先輩からはいびられているが、自分で言うのもなんだが、生徒とも年が近いせいか仲が良く、生徒の間では良き理解者として評判だ。そのおかげでか最近学校内でも、女性徒と噂になっている。まあ否定は出来ない、何故なら俺もその女性徒の事が気になっていたからだ、彼女の名前は千穂と言い、何も下心とかそんなので気になっているのではない、俺が彼女を気にしている理由はどことなくあの人に似ていたからだ…。話しは変わり、噂といえば、最近妙な噂が学校内で囁かれている。幽霊騒ぎだ、今時幽霊など実にばかげている…。そんな事を考えていると、いつもどおり若い学生が話しかけてきた。
「先生、聞いてますか?ボーッとしちゃって」
「あ・ああ。」
学生の言葉で思わず現実に引き戻された。
「先生、どうしたんですか?最近特に…。まるで魂が抜けてる様ですよ。」
「ああ、すまない。で、どうした?」
俺は自分の記憶に鍵を掛けていた。過去の事は全て忘れようとしたが、その記憶は常に俺の中に存在してやまない。俺は生徒の用件を軽く受けると、授業をするため、次の教室へ急いいだ、いつもどおり教室の扉を開けると、教室の窓から生ぬるい日差しが差し込み、冬の終りを告げている様だった。
「さて今日は、百二十三頁の助動詞の活用からだったな。」
この教室の窓際の席に座っているのが千穂だ、髪は黒くて長く、眼鏡をかけている。私は自分でも気付かないうちに、あの人と千穂を掛け合わせているのかもしれない…。授業終了のチャイムが鳴り、放課後俺は自分の顧問をしている部活へ向かった。俺の顧問をしている部活は美術部だ。ただ趣味がそうだからと言う事で顧問を引き受けているのだが、別に良いと思っている。ちなみに千穂は美術部員だ、絵を書く事が好きで、いつも水彩道具を持ち歩き、ほんわかした性格で、やや要領の悪いところがある。まあそれはさて置き、この部活は男女とも仲良く活動していると自分ではこう思っている。この部活には千穂のクラスメートが何人かおり、互いに助け合ったり悩みを聞き会ったりしている。数時間後美術室の電気が灯った、まだ冬のせいだろうか? この頃には既に日は傾き、辺りは闇に包まれようとしていた。あの美術室の隅で話しているのは千穂と同クラスの奈緒子、そして隆司と一也だ。
「昨日本当に見たんだって!部活の後学校で千穂の近くに青白い物が浮かんでたんだって。本当に覚えてないの?」
奈緒子が心配そうに千穂の方を見る。
「え・ええ…。」
「ひょっとしたら千穂ちゃん何かに取り付かれてるんじゃないの?しんぱいだよ〜。」
そこで隆司は
「そう言えば聞いたことがありますよ。この学校に非業の死を遂げた生徒が居たらしいですはっきりとは分かりませんが。」
「隆司君そんな怖い事言わないでよ。」
その場に居た全員が青ざめた。あまりにも話が進んでいるので俺はその四人に声をかけた。
「何を話しているんだ?」
四人はしばらく黙り込んでいたが、一也が説明し出した。
「先生知らないんですか?幽霊騒ぎですよ。昨日3-Fのクラスで奈緒子さんが千穂さんに取り付いているのを見たって言うんですけど…。」
と一通り説明して貰った所で俺は千穂に声をかけた。
「千穂に…?それは心配だなあ。千穂お前大丈夫か?」
最初は冗談半分かと思っていた、リアリスト(現実主義者)の俺には幽霊などと言う非現実的な事は到底信じられなかった。しかし、奈緒子の話を聞くと、非常に具体性があり、その場の様子雰囲気などがひしひしと伝わってきた。そう言えば気のせいか、千穂の元気が無かった。
「おい!顔色悪いぞ、保健室へ行った方が良いんじゃないか?俺が連れて行ってやるよ。」
いよいよ千穂の顔が青ざめてくる。一体これはどうしたことだろう!?とりあえず、俺は学校の保健室へ千穂を連れていったが、保健室では原因が分からなかった。千穂が横たわるベットで、三人と俺はずっと付き添っていた。
「よ・良幸君…。」
と千穂はうわごとで繰り返す、
「良幸って先生の名前じゃないですか?」
「ああ、そうだが…。」
確かに良幸は俺の名前だ。しかし何か引っかかる、そう言えば5年前にもこの声と良く似た声を聞いたことがある。俺は千穂に届くかどうかは分からないが、千穂が安心出来る様に、
「大丈夫だ千穂、ずっと一緒に居てやる。」
と励ました。その瞬間千穂は目を開けた。
「あれ…?私一体…?」
何時の間にか千穂の顔色が元に戻っている。
「はあ、良かった心配したんだよ。」
奈緒子が心配そうに千穂の顔を覗きこむ。
「お前は早く帰って寝たほうがいいぞ。俺が家まで送ってってやる。」
のこる三人の生徒を帰らせ、俺は自分の車の助手席に千穂を乗せた。日が落ち闇に包まれた道を学校から千穂の家に向けてただひたすら走った。俺もハッキリ行って世話焼きなのかなあと、自分でも思う。物思いにふけっていると。千穂がつぶやく様に小さな声で俺に話しかけてきた。
「先生…。」
「何だ千穂?」
「先生私の事心配してくれたんだ…ありがとう…。」
千穂の言葉に俺は少々照れくさくなった
「ば・馬鹿!お前は俺の生徒だ。心配するのは当たり前の事だろ。」
「私嬉しい、先生が心配してくれて…。」
千穂はそのまま眠ってしまった。まさか本当の幽霊…まさか。と、私は心の底で思い始めてきた。そう言えば二人を返した後、隆司が3-Fの教室を覗いて何か呟いていた様だが、隆司も何かの気配に感づいているようだった。
翌日、千穂は元気そうに学校へ登校してきた。俺を始め3人の生徒が心配したが、千穂は不思議な事にまるきり大丈夫そうだった。
「千穂本当に大丈夫なの?余り無理しないほうが良いんじゃない?」
「え・ええ全然平気…本当に大丈夫だって。」
千穂は顔色が事のほか優れ、まるで昨日の事が嘘の様だ一体何だったのだろう…?
そこに一也が来た
「なあ、今日の部活の後にその幽霊捜しに行かないか?」
もちろん三人は顔を見合わせ一也にブーイングを飛ばした。一也も昨日の千穂の様子を見て気に掛かったのだろう。俺も正直なところ、千穂の事が気になっていた。もし、幽霊が本当に居たとしても、このまま幽霊を放置しておくのは千穂にとっても生徒全員にとっても危険である。俺は自分でも気付かないうちにその四人に歩みよっていた。
「おい、お前達!放課後お前達だけで残るのは良くないぞ。俺も保護者として、ついていく、いいな。」
と、四人に言った。
「そんなこと言って。先生本当は千穂ちゃんが心配で仕方無いんでしょう。」
奈緒子がひやかした、しかし、これ以上千穂や他の皆を幽霊騒ぎの為に苦しませるわけには行かない。俺を始め、四人は幽霊正体を暴こうと決めた。やがて、昼休みになり千穂が俺の教官室へ一人で訪ねてきた。
「先生…」
「ん…?千穂か、どうした具合でも悪いのか?」
「いえ、違うんです。あっ…あのう、これどうぞ。」
と言い風呂敷に包まれた箱のような物を手渡された。
「で・では私失礼します。」
千穂はそれだけ言うとにっこり笑いかけ、その場から走り去っていった。しばらくあっけに取られその場に立ち尽くしていた俺だがふと我に帰り包みを開けた。中には手作りと思われる弁当と、一通の手紙が入っていた。手紙にはこう書かれていた。
『先生、昨晩は御気遣いありがとうございました。先生の優しさは今でも身に染みています。お礼と言っては難ですが、御弁当を作ってみました、お口に合うかどうかは分かりませんが、どうぞ食べて下さい。それから実を言いますと、私、前から先生の事が好きでした。今も変わらず好きです。返事はどうか分かりませんが、私の気持ち先生に伝われば幸いです。 千穂』
俺は、この手紙を見て千穂の事をどう思っているのか今一度自分に問うた。しかし、どうしても拒んでしまう。先生と生徒と言う事もあるが。やはり、あの日の出来事がとらうまとなっているのだろう。
その日の放課後、いつも通り部活が終わると兼ねてから予告してあった幽霊退治に出かけた。
「先生電気ぐらい消そうよ…。雰囲気でないじゃないか。」
と、一也が言う。
「お前らただ肝試ししたいだけだろう。」
そんな事を言っている間に3-Fのクラスの近くに居た。奈緒子は先日の例の場所を指差した。暗くて良く見えない。教室へ足を踏み入れた瞬間千穂が痙攣でも起こしたかのようにその場に倒れた。噂の通り千穂の横には青白い物が浮かんでいた。その時一也が
「悪い物(霊)ではありませんね。出てきたらどうです?」
と言った。隆司には前から少し霊感と言う物があるらしい。幽霊話のとき黙っていたのはその良い霊とやらの気を使ったのだろう。千穂の体からにじみ出る様に出てきた人魂はやがて一人の女生徒に形作られていった。
「…美穂ちゃん?」
俺は声を失った。そこには五年前に死んだはずの美穂の姿があった
「覚えてて…くれたんだ…。」
幽霊はそう小声で話し出した。皆は千穂と似ているこの少女を見て訳がわからず。
「先生、一体どう言う事?説明してよ。」
と声をそろえた。俺は今まで閉まっていた記憶の鍵を開き皆に五年前の出来事を話し始めた。
「五年前俺はこの学校を卒業する寸前だった…。」
「へえ、先生ここの卒業生だったんだ。」
一也が言った。
「そうだ、美穂は俺のクラスメートでな。俺達両思いだったんだ…。」
俺はその時を振り返った、出来るだけ詳しく。五年前の放課後春休みの一日前、俺と美穂は教室で二人きりだった…。夕暮れの日差しが美穂のシルエットを美しく照らし出した。ふと気付くと美穂がコンパスで何か机に落書きしていた。俺は冷やかすつもりで声をかけた。
「あー知らない悪いやつだなあ、学校の備品に落書きして。」
「よ・良幸君…。い・いいじゃない、ちょっとぐらい。もう卒業まで来ないんだから。」
美穂は千穂と違って全く正反対の性格をしており活発で明るい女性だった。
「何書いてんだよ?見せろよ。」
「あーだめだめもうっ。」
美穂は自分の書いた落書きを必死に隠した。と、その時俺と美穂の顔が近づいた。
「やだ…やめてよ!ばかああ。」
やがて、美穂は号泣し始めた。
「分かったよ…ご免。泣くなよ。」
そう言って俺は無言のまま、そそくさと教室を後にした。その後罪悪感にとらわれた俺は卒業式で謝ろうと思った。しかし、卒業を待つまでの春休み、美穂は事故に遭い、亡くなってしまった。それを知ったのは数日後、卒業式の日の先生の言葉だった。朝来ると、かつての美穂の机に大輪のゆりが置かれていた。
「皆さん、今日は卒業式なのに悲しいお知らせがあります。美穂さんが先日交通事故でお亡くなりになりました。」
俺はあっけに取られ、その場に泣き崩れた。
「…そんな事があったんですか。」
皆が俺に話しに聞き入っていた。
「ずっと…。謝りたかったんだ。仲直りもせずに永遠に会えなくなるなんて思いもしなくて…。」
俺は幽霊である美穂にこう言った。美穂はこちらを向き俺に話し始めた。
「…私の方こそすごく気に病んでた。あんなに酷い事言っちゃって。私、良幸君が本当に好きだった。あの時だって、あんな風に拒んでたけど。良幸君は興味本位でキスする人じゃ無いって分かってたんだよ。こんな事になるならいっそ、あの時唇をあげてしまえば良かったって…。ずっとずっと。」
「それで先生と噂になってる千穂に乗り移って…ってわけですか。」
隆司が解説する
「それも今日で終り。五年目になる今日逝かねばならないの……。最後に私の望み聞いてくれる?」
「ああ…。」
「キスして…。」
俺は千穂に…いや、美穂にキスをした。美穂の意識があの時の事を消し去ってくれている様だ。再び美穂の人魂が現れた。
「ありがとう、良幸君。私、やっと…。千穂ちゃんと幸せにね。」
そのまま人魂は煙のように消えていってしまった。
「逝っちゃったね。」
意識を取り戻した
「ああ…。って千穂気付いてたのかあ!?」
「うん…。でも覚えてたらもっと良かったのに。」
千穂は顔を赤らめ、俺のほうを向いてそう呟いた。
「そ・そうだなあ。あいつ成仏出来たかなあ?」
隆司は以前から美穂の霊の事を知っていたらしく、最後にこう話した。
「心配要りません。彼女はもう何処にも居ません。彼女は人のいない放課後とかよく、その席に座っていましたよ。」
と隆司は一つの机を指した。
「そうか…。この席はあいつの」
隆司の指した席はかつての美穂の席だった。その席には俺のフルネームと美穂と言う名前が並んで刻まれていた。今日は美穂が死んでから五年目の命日だ。翌日、俺達は美穂が事故に遭った交差点に行って大輪のゆりを添えた。きっと美穂も成仏出来たと俺は信じた。
数年後…
「お・おい、休みの日ぐらいもっと寝かせてくれよ。」
俺の横には千穂が居た。周囲の反対を押し切って俺と千穂は結ばれたのだ。あの後、千穂はすっかり明るい性格になり、千穂の中に小さな美穂が生まれた。
「ああっ、もうすっかり目が覚めちゃったよ。そうだ久しぶりに、モーニングコーヒーとしゃれ込みますか〜。」
「え・ええ…(笑)」
千穂と美穂、俺はこの二人を永遠に愛していく…。そう心に決めた。
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